2006.03.21 Tue
車海老噛むに感ずる味ひを愛でつつ見やる共に食ふ人
芝海老に貝柱まじる掻揚げの細かき味よ静かに食はむ
天麩羅の甘(うま)かりしよと我がいへば人の頷く食ひ終へて後
(『郷愁』昭和12年刊、第13歌集)
「天麩羅」と題した、昭和9年の作。
えびふりゃーから抜け出せません。
なんでもない光景なんですが、歌になるのだなあ・・・と。
それを可能にしているのは、言葉の並べ方でしょうか。
1首目「共に食ふ人」や3首目の「食ひ終へて後」が結句に来ている点など。時間のずれがあって面白いです。
3首目の結び方はあまりやりすぎるとあざといので、やらないように気をつけたいです。
今日はみー坊が風邪をひいたので、一日家に缶詰です。
芝海老に貝柱まじる掻揚げの細かき味よ静かに食はむ
天麩羅の甘(うま)かりしよと我がいへば人の頷く食ひ終へて後
(『郷愁』昭和12年刊、第13歌集)
「天麩羅」と題した、昭和9年の作。
えびふりゃーから抜け出せません。
なんでもない光景なんですが、歌になるのだなあ・・・と。
それを可能にしているのは、言葉の並べ方でしょうか。
1首目「共に食ふ人」や3首目の「食ひ終へて後」が結句に来ている点など。時間のずれがあって面白いです。
3首目の結び方はあまりやりすぎるとあざといので、やらないように気をつけたいです。
今日はみー坊が風邪をひいたので、一日家に缶詰です。
テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術
2006.02.27 Mon
霜どけの濡れてまくろき庭の土今日の朝日のさしてきらめく
『冬ひざし』(昭和16年刊、第14歌集)より
昭和12年の作。
「まくろき」土とか「朝日がさしてきらめく」とかいかにもありがちな言葉をつかってしまうのが空穂っぽいなーと思ってしまいます。
それを「今日の」と限定するので、陳腐に終わらない何かがあるのではないかと思います。
『冬ひざし』(昭和16年刊、第14歌集)より
昭和12年の作。
「まくろき」土とか「朝日がさしてきらめく」とかいかにもありがちな言葉をつかってしまうのが空穂っぽいなーと思ってしまいます。
それを「今日の」と限定するので、陳腐に終わらない何かがあるのではないかと思います。
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2006.02.08 Wed
わが願すべてほろびぬ今はさは君わすれんと言ひけることも(『濁れる川』大正4年刊)
この歌の3首前に「この夏は東京に行き共になどはろばろしもよ伊予の友の文」という歌があり、詞書に「矢ケ崎奇峰より消息を得て」とあるので、その友人を思っての歌だと思われます。でも「願い」や「ほろぶ」「君わすれん」などロマンティック(死語?)な言葉が並ぶので、恋歌と間違えそうです。
この歌の3首前に「この夏は東京に行き共になどはろばろしもよ伊予の友の文」という歌があり、詞書に「矢ケ崎奇峰より消息を得て」とあるので、その友人を思っての歌だと思われます。でも「願い」や「ほろぶ」「君わすれん」などロマンティック(死語?)な言葉が並ぶので、恋歌と間違えそうです。
2006.02.06 Mon
湧く雪の空にし余り大き雪みだれ降り来るこの家間に(『鏡葉』)
いへあひ
日本でも雪が降っているみたいです。こちらでも週末に雪が降りました。乾燥しているので雪の粒は細かく風に吹かれています。ハイウェイに降った雪が車の風圧で渦をまいていました。
今年初めてそり遊びをしましたが、そりが新雪に埋まってすぐ転んでしまいました。みー坊はまだ上手にバランスをとれません。仰向けに寝転がってみたり、うつ伏せでボブスレー一人乗りリュージュ状態?ですべってみたり。きゃーきゃーはしゃいでました。
ちょっとしたくぼ地で私はみー坊と一緒に乗ってすべってみましたが、雪に埋まって滑れませんでした。ちょっと重かったみたい・・・。
いへあひ
日本でも雪が降っているみたいです。こちらでも週末に雪が降りました。乾燥しているので雪の粒は細かく風に吹かれています。ハイウェイに降った雪が車の風圧で渦をまいていました。
今年初めてそり遊びをしましたが、そりが新雪に埋まってすぐ転んでしまいました。みー坊はまだ上手にバランスをとれません。仰向けに寝転がってみたり、うつ伏せで
ちょっとしたくぼ地で私はみー坊と一緒に乗ってすべってみましたが、雪に埋まって滑れませんでした。ちょっと重かったみたい・・・。
2006.02.01 Wed
何物も持たぬ心のさみしさの重き眠りとなりにけるかも『濁れる川』
大正4年刊、作者の第4歌集から。
「何物」とか何か・・・野心?恋心?浅ましい考え?道徳心?とにかく何もない心の大きな虚無感がうかがえます。
そしてそれがさみしいといいます。けれども何も持たないのに眠りの方は「重い」のです。このひねくれが面白いと思います。
「何物も持たぬ」は実はさかしま言葉であって、本当は持ちすぎていっぱいいっぱいでかえって虚無感が迫ってくるのかもしれません。
そんなもやもやした感情が、今日のわたしの気分にぴったり。
大正4年刊、作者の第4歌集から。
「何物」とか何か・・・野心?恋心?浅ましい考え?道徳心?とにかく何もない心の大きな虚無感がうかがえます。
そしてそれがさみしいといいます。けれども何も持たないのに眠りの方は「重い」のです。このひねくれが面白いと思います。
「何物も持たぬ」は実はさかしま言葉であって、本当は持ちすぎていっぱいいっぱいでかえって虚無感が迫ってくるのかもしれません。
そんなもやもやした感情が、今日のわたしの気分にぴったり。


